2020年9月8日火曜日

加藤典洋 著作一覧

 加藤典洋 著作一覧 



加藤 典洋(かとう のりひろ、1948年4月1日 - 2019年5月16日)は、日本の文芸評論家、早稲田大学国際教養学部名誉教授。 講談社ノンフィクション賞、小林秀雄賞選考委員。 
 デビュウ作『アメリカの影』に始まり『敗戦後論』『戦後的思考』そして近著『敗者の想像力』に至るまで敗戦の経験が日本人、日本の思想、文学に与えた影響を一貫して考察する。 
 同時に日本最後の語の真の意味における「文芸評論家」と目されるほど、その小説読みの深さには定評がある。その一端は『小説の未来』に表れている。 
 そして日本の評論家のなかでは、かなり少数派でありながら、村上春樹を評価している一人である。一連の村上春樹論にはその考察の徹底さがうかがえる。  


単著 

§ 『アメリカの影』(河出書房新社 1985年)、講談社学術文庫 1995年、講談社文芸 文庫 2009年 
§ □『君と世界の戦いでは、世界に支援せよ』(筑摩書房 1988年)  
§ □『日本風景論』(講談社 1990年)、講談社文芸文庫 2000年  
§ □『ゆるやかな速度』(中央公論社 1990年)  
§ □『ホーロー質』(河出書房新社 1991年) • 『「天皇崩御」の図像学 ― 『ホーロー質』より』 (平凡社ライブラリー 2001年 ) 
§ 『日本という身体 ―「大・新・高」の精神史』(講談社選書メチエ 1994年)、河 出文庫 2009年  
§ □『なんだなんだそうだったのか、早く言えよ。―ヴィジュアル論覚え書』(五柳書 院 1994年)  
§ 『この時代の生き方』(講談社 1995年)  
§ □『加藤典洋の発言(1)空無化するラディカリズム』(海鳥社 1996年) 
§ □『加藤典洋の発言(2)戦後を超える思考』(海鳥社 1996年) 
§ 『言語表現法講義』(岩波書店 1996年)  
§ 『敗戦後論』(講談社 1997年)、ちくま文庫 2005年、ちくま学芸文庫 2015年  
§ 『みじかい文章―批評家としての軌跡』(五柳書院 1997年)  
§ 『少し長い文章 ―現代日本の作家と作品論』(五柳書院 1997年) 
§ 『加藤典洋の発言(3)理解することへの抵抗』(海鳥社 1998年)  
§ 『可能性としての戦後以後』(岩波書店 1999年)  
§ 『日本の無思想』(平凡社新書 1999年)、平凡社ライブラリー(増補改訂版  2015年)  
§ 『戦後的思考』(講談社 1999年)  
§ 『日本人の自画像』(岩波書店 2000年)  
§ 『ポッカリあいた心の穴を少しずつ埋めてゆくんだ』(平原社 2002年)  
§ 『小説の未来』(朝日新聞社 2004年)  
§ □『語りの背景』(晶文社 2004年)  
§ □『僕が批評家になったわけ』(岩波書店 2005年)  
  『村上春樹イエローページ』1-3(幻冬舎文庫 2009年)  
§ □『考える人生相談』(筑摩書房 2007年)  
§ □『太宰と井伏』(講談社 2007年)  
§ □『何でも僕に訊いてくれ―きつい時代を生きるための56の問答』(筑摩書房  2008年)  
§ □『文学地図-大江と村上と二十年』(朝日選書 2008年)  
§ □『さようなら、ゴジラたち―戦後から遠く離れて』(岩波書店 2010年)  
§ □『耳をふさいで、歌を聴く』(アルテスパブリッシング 2011年)  
§ □『村上春樹の短編を英語で読む1979〜2011』(講談社 2011年)  
§ □『小さな天体―全サバティカル日記』(新潮社 2011年)  
§ 『3.11死に神に突き飛ばされる』(岩波書店 2011年)  
§ □『ふたつの講演 戦後思想の射程について』(岩波書店 2013年)  
§ □『人類が永遠に続くのではないとしたら』(新潮社 2014年)  
§ 『村上春樹は、むずかしい』(岩波新書 2015年)  
 § □『もうすぐやってくる尊皇攘夷思想のために』  幻戯書房・2017/9/21。  
『どんなことが起こってもこれだけは本当だ、ということ。――幕末・戦後・現在』2018年5月8日・岩波ブックレット。
■『9条入門』2019年5月・創元社。 
共著  

§ (竹田青嗣)『世紀末のランニングパス 1991-92』(講談社 1992年)のち『二つ の戦後から』ちくま文庫 1998年)  
§ (橋爪大三郎・竹田青嗣)『天皇の戦争責任』(径書房 2000年)  
§ (多田道太郎・鷲田清一)『立ち話風哲学問答』(朝日新聞社 2000年)  
§ (鶴見俊輔・黒川創)『日米交換船』(新潮社、2006年)  
§ (鶴見俊輔)『創作は進歩するのか』(編集グループSURE 2006年)  


編著  

§ 『イエローページ村上春樹 ―― 作品別 (1979-1996)』 (荒地出版社, 1996年)  
§ □『昭和 ―― 日本の名随筆』 (作品社, 1999年)  
§ 『イエローページ村上春樹 Part 2 ―― 作品別 (1995-2004)』 (荒地出版社,  2004年)  

訳書  

§ □テッド・エスコット『モネ・イズ・マネー』 (朝日新聞社, 1988年)


  

■単著・単行本未収録作品

( )「日本人――起点の「汚れ」を直視できれば戦後の日本人は正当性をもてる」(西島建男によるインタビュウ)/西島建男編『この百年の課題』2001年3月25日・朝日選書(朝日新聞社)。

( )「圧倒的・新鮮な文体・脱力的」(第31回講談社ノンフィクション賞選評・受賞作は佐野眞一『甘粕正彦 乱心の曠野』新潮社)/『vol.1・2009年9月5日・講談社。

( )「初公開 講談社ノンフィクション賞選考会」(立花隆・野村進・重松清・辺見じゅんとの座談)/『vol.12009年9月5日・講談社。

( )「核と環境とITメディア――技術的に、かつ倫理的に考える」(池田清彦との対談)/コンピューターテクノロジー編集部編『IT時代の震災と核被害』20111211日・インプレスジャパン。

( )「世界から、そして世界へ」(3.11に関する世界の識者へのインタビュウ集への解説)/共同通信社取材班編『世界が日本のことを考えている――3.11後の文明を問う――17賢人のメッセージ』2011年3月5日・太郎次郎社エディタス。

( )「吉本隆明――戦後を受け取り、未来から考えるために」(インタビュウと推測される)2012年3月28日/『さよなら 吉本隆明』(文藝別冊)2012年5月30日・河出書房新社。

( )「現代社会論/比較社会学を逆照射する」(見田宗介との対談)/『現代思想』2016年1月臨時増刊号/見田宗介『超高層のバベル――見田宗介対話集』2019年12月10日・講談社選書メチエ。

( )「ムテキであること、生きること」(第三十四回 太宰治賞選評・受賞作は錦見映理子「リトルガールズ」)/『太宰治賞2018』2018年6月20年・筑摩書房。

「オフ・サイドの感覚」 加藤典洋を悼む

 「オフ・サイドの感覚」 


加藤典洋を悼む 


 

文芸評論家の加藤典洋氏が5月16日に永眠されました。 

ここに謹んで哀悼の意を表します。 

  
 たまたま、旧著である『太宰と井伏』*が「完本」として増補され文芸文庫に収録されたことを機に同著を読み直していたところに、突然の訃報に接し驚きを禁じ得ない。 

*加藤典洋『太宰と井伏――ふたつの戦後』2007年・講談社/増補『完本 太宰と井伏――ふたつの戦後』2019年・講談社文芸文庫。 

 加藤ほど内外から叩かれまくった評論家は絶無ではなかったろうか。 

 デビュー作『アメリカの影』*に始まり、中期の問題作『敗戦後論』**、そして絶筆は『9条入門』***とくれば、文芸評論家というよりも、ほとんど社会思想家の相貌を呈していたが、そうであるにも関わらず、加藤典洋こそ、まさに「最後の文芸評論家」****というのに相応しい。 

*加藤典洋『アメリカの影』1985年・河出書房新社。 
**加藤典洋『敗戦後論』1997年・講談社。 
***加藤典洋『9条入門』2019年・創元社。 
****別稿で触れる。 

 わたしが最初に加藤を目にしたのは、『朝日新聞』に掲載された「オフ・サイドの感覚」*という短いエッセイである。そのころ、小林秀雄に耽溺していたわたしは、文中、言及されている小林に惹かれて手に取ったと思われる。 

*加藤典洋「オフ・サイドの感覚」/『朝日新聞』1985年8月20日・夕刊//加藤典洋『批評へ』1987年・弓立社。 

 小林が批評家を始めて、二、三年後には「批評家失格」なる文章を書かざるを得なかったという事実を指して、そこに「ルール違反(失格)の感覚」を指摘する。言うまでもなく、これは小林一流の反語であって、目の前に展開されている文芸批評なるものが本当の文芸批評であるなら、俺は失格だ、と言いながら、無論、言いたいことはまるで逆であろう。つまり、君たちは狡いぞ、ルール違反だ、ということである。 

 と、論じながら、加藤は突然、話題を転じ、サッカーの「オフ・サイド」という反則規定について話し始める。加藤によれば「「ボールがプレーされた瞬間に、そのボールより相手側ゴールラインに近い位置にいる競技者」に適用される、反則規定」なのだが、これがなぜ反則になるのか。 
 「オフ・サイドの感覚を育てたのは、二つのサイドを分けるものが、ゴールではなく、ボールなのだとする感覚なのだ」、そして、 

走る人の中には、ボールを置いて、その「向こう側」に走り去るのは、「狡い」、という感覚が育ったのである。ボールが転がるにつれて見えない戦場がうごく。そこにサイドを分つ境界を見るのは、走る人の運動の感覚であり、その、ボールとの「共生」の感覚である。(加藤典洋「オフ・サイドの感覚」/『批評へ』p.12) 

ボールとは、それではここで、何だろう。それを時代といっても、状況といっても構わない。しかしそれはぼくにとっては、拘束するもの、ぼくを条件づけるものである。(加藤典洋「オフ・サイドの感覚/『批評へ』p.13) 

 なぜ、批評が狡いのか、なぜ、ルール違反になるのか? 

 まさにオフ・サイドの感覚に乏しいからだと言わざるを得ない。 

 したがって、ではどうしたらよいのか。時代、我々を縛る様々な条件、状況から目を逸らさず、ボールと共に走り続けるより他にはない。 


 加藤は「戦後」という状況と共に走り続け、最後の最後までそのボールを手放すことはなかった。デビュー間近で書かれたこの一文は、加藤が批評家として確かな感覚を当初から持っていたことを示すものである。 

 我々はついに「最後の文芸評論家」を喪ったのではなかろうか。 


 若年の頃、見知った偉大なる先達の最初に出会った記憶のままに、この追悼文を同題とすることを寛恕されよ。 
  

🐦 
20190521 01:30

いよいよ「最後」の「遺著」刊行なるか? 加藤典洋『9条の戦後史』刊行予定

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