2021年4月1日木曜日

いよいよ「最後」の「遺著」刊行なるか? 加藤典洋『9条の戦後史』刊行予定

 🏈加藤典洋を読む🏈 

  

  

いよいよ「最後」の「遺著」刊行なるか? 

  

加藤典洋『9条の戦後史』刊行予定 

  


■加藤典洋『9条の戦後史』2021年5月8日・ちくま新書。 

560ページ。 

1,430円(税込み) 

 

🖊ここがPOINTS 

 

① 加藤典洋、最後の遺著刊行なるか? 

② 『9条入門』の続編、戦後編か? 

③ 「9条に負けるな」の真意は? 

  

  

 2019年5月に亡くなった文芸評論家の加藤典洋氏の「最後」の「遺著」がいよいよ刊行されるようだ。 

 題して『9条の戦後史』となる。内容は今のところ不明である。 

 「最後」の「遺著」というのは、実際、加藤19年の5月に亡くなる直前に刊行されたのが『9条入門』(2019年・創元社)で、これが、言うなれば「遺著」となるのであろうが*、その後も断続的に刊行された書目が続いた。 


  

*厳密に言うと生前最後の刊行されたのは『完本  太宰と井伏――ふたつの戦後』の文庫版である(2019年・講談社文芸文庫)。これは題名の通り2007年に刊行された『太宰と井伏』(講談社)に、2013年に行われた講演「太宰治、底板にふれる――『太宰と井伏』再説」を収録して「完本」としたものだ。これについての詳細は別稿「生の底板を踏み破る、ということ――加藤典洋『太宰と井伏――ふたつの戦後』」を参照のこと(後日掲載予定)。 

  

①『大きな字で書くこと』(エッセイ集)201911月・岩波書店。 

②『詩のようなもの 僕の一〇〇〇と一つの夜』(詩集)201911月・私家版。 

③『村上春樹の世界』(文芸批評集・旧著『村上春樹論集』1・2などを底本に、遺稿と目される「第二部の深淵――村上春樹における「建て増し」の問題」を収録して編集したもの)2020年5月・講談社文芸文庫。 

④『オレの東大物語196619722020年9月・集英社。 

  

 そして、今回の新著『9条の戦後史』という訳だ* 

  

 *この文脈とは逸れるが、『加藤典洋全集』の刊行はかなり困難だと思われるが、せめて『加藤典洋全戦後論集』、『加藤典洋全村上春樹論集』の刊行は待たれる。 

  

 さて、一瞬これは「編集」ではないか、と不安がよぎった。最後の著作が『9条入門』で、今回この新著が刊行されるちくま新書から2015年に640ページにも及ぶ『戦後入門』なる大部の著作が刊行されているので、もしや、加藤の「憲法第9条」に関わる講演なり談話なりをまとめたものではないか。あるいは『9条入門』と『戦後入門』を編集、合本化したものかと、一瞬思われた。 

 むろん、その可能性は否定できない。 

 たとえば、加藤自身が私淑していた吉本隆明の死後刊行された著作のほとんどは編集か講演録である。 

 別にそうであったとしてもなんら問題はないわけだが、推測するにちくま新書編集部と『戦後入門』の続編に当たる新刊の執筆を約束して執筆を続けていたのではなかろうか。 

 というのは、先に紹介した、死後刊行の『オレの東大物語』も、もともとは集英社新書から刊行される約束で執筆されていたものだ* 

  

*加藤本人の瀬尾育生宛のメール/瀬尾育生「解説」//加藤『オレの東大物語』p.231 

  

 とすると、晩年の、と言っても、ほんの1年から半年であろうが、加藤は莫大な仕事をしていたことになる。 

 加藤のツイッターの、最後の自己紹介には「冬から執筆してきた9条についての本を脱稿。このあと、短縮、数ヶ月後に出るでしょう。」とある* 

  

*加藤典洋ツイッター(貼り付け元  <https://twitter.com/ten_kato> ) 

  

  

 ここにある「9条についての本」とは死の直前に刊行された『9条入門』のことだろうが、あるいはこれと並行して9条についての論著を準備していたのかも知れない。『9条入門』は憲法制定をめぐる最初期の歴史(制定前夜から安保条約まで)が描かれていた。そのあとがきにはこうある。 

  

このあと日本の歴史は安保条約改定をへて、自民党の単独政権時代に入り、それから60年後の現在である「混迷と崩壊の時代」まで、一直線につながっていきます。/その詳しい歴史は、おそらく次の本で書くことになるでしょう。(「ひとまずのあとがき」/『9条入門』p.325 

  

 と、見てくれば、この「次の本」とは、本書『9条の戦後史』に他ならないことが分かる。 

 しかしながら、このあとがきがいつ書かれたものなのかは判断できない*が、少なくとも『9条入門』が刊行された2019年4月の半年前、前年・2018年の11月ぐらいには土台ができていたのだろうか?     

  

 *通常あるべき執筆日を示す日付がない。 

  

 というのはこのとき(181127日)、明治学院大学で高橋源一郎との公開対談が予定されていたのだが、急遽中止になった。加藤の急病のためとのことであった*1130日には埼玉医大総合医療センターに入院している** 

  

*明治学院大学のHP、加藤本人のツイッターなど。 

**加藤典洋(自筆)「年譜」/『テクストから遠く離れて』2020年・講談社文芸文庫・p.377 

  

 その後、1215日にツイッター上に書き込みがあり、これが最後のツイートとなった。 

 いずれにしても、「戦後」あるいは「9条」という積年の自身のテーマに対して尋常ならざる執念で取り組んでいたということが状況証拠からだけでも理解できる。 

  

 では、一体何が加藤をしてそこまで「戦後」あるいは「9条」というテーマに拘らせたのか? 

  一旦、ここでは「戦後」の問題は一旦措くとして*、「日本国憲法第9条」の問題に絞って、前著『9条入門』の「はじめに」と「ひとまずのあとがき」を参照することで考えてみよう。 

  

*この「戦後」の問題は『敗戦後論』、『戦後的思考』なども合わせて別に論じる。 

  

 この著の前書きに当たる「はじめに」には「憲法9条に負けるな」と副題されている。「憲法9条に負けるな」とは一体どういうことか? 無論、加藤は必ずしも「憲法9条」に反対しているわけではない。 

  ことの発端は1991年に湾岸戦争が起きた際に、柄谷行人らの呼びかけで「湾岸戦争に反対する文学者声明」が出された。そのとき、加藤ほぼ一人がそれに反対したのだ*。つまりこれはこういうことである。 

  

*他には吉本隆明らが反対した。 

  

「そうかそうか、では平和憲法がなかったら反対しないわけか。」(『敗戦後論』/『9条入門』p.011より援引) 

  




 言うまでもなく、この『敗戦後論』は加藤の代表作にして、最も悪評(?)の高い書物でもあるのだ。 

  

 しかしながら、一見揶揄とも取れる文言はどういう意図があったのか? 

  

    加藤は『9条入門』の「はじめに」で、再度、この問題を取り上げ、中江兆民の言葉を引いている。彼がアジアの港々で、元来「万民の自由、平等、博愛」を知っているはずの西洋人たちがアジア人たちを酷使しているのを目撃して、これらの近代の人権思想を進んで教えるべきだと兆民は述べている(中江兆民「論外交」1882年)。ここからわれわれは何を学ぶことができるのか。 

  

つまり、兆民は、自由・平等・博愛はたしかに西洋がつくりだした原理かもしれない。しかし、彼らには、ほんとうの意味で、この原理の意味するところがわかっていない。この原理をほんとうに生かし、実現できるのは、それをつくりだした彼らではなく、むしろ彼らから下に見られ、それを遅れて学びとる、自分たちのほうなのだ、と考えようとしています。(「はじめに」/『9条入門』p.019 

  

 つまり、憲法も同じである。確かに憲法はアメリカによって押し付けられたが、その意味を本当に理解し、実際に実現できるのは、敗戦国・日本の国民であるということになるだろう。 

  戦争はもうこりごりだ、だから戦争を放棄しよう、という具合に。 

 それが9条に負けないということだ。 

 「9条」があるから、戦争を放棄しよう、というのは順番が逆だ、と言うことである。 

  

 さらに、加藤は、丸山眞男の、1960年安保闘争に際して唱えられらた「初めにかえれということは、敗戦の直後のあの時点にさかのぼれ、八月十五日にさかのぼれ」という「復初の説」*を引いて、こう展開する。 

  

*『丸山眞男集』第8巻・2003年・岩波書店/『9条入門』p.326から援引。 

  

八月十五日には、まだ、何もなかったということです。/平和主義も、憲法9条も、まだなかったのです。(「ひとまずのあとがき」/『9条入門』p.326 

  

 と、考えれば、この8月15日の敗戦、という段階に戻って、われわれは、まずは何が最も大切なことなのかをしっかりと考えるべきだということだ。 

  

 憲法があるから、平和が大事だ、ではなくて、戦争はもういやだ、というところから、例えば平和憲法がある、ということになるのではなかろうか。 

  

 思い返せば、加藤の論著の過半は、文芸評論家であるにも関わらず、「戦後」や「憲法9条」についてのものだ(巻末参照)。 

 奇妙な、と言えば奇妙なことではあるが、あまりその違和感のみにおいて批判を受けることが少ないのは、江藤淳という先達がいたからに他ならない* 

江藤淳氏

  

*あるいは、「憲法第9条」に拘りを持つ批評家(と言っても現在は文芸評論を止めてしまって、完全な思想家、哲学者と言うことになるが)として柄谷行人が挙げられる。柄谷と加藤の、この9条をめぐる、言うなれば思想的相克についてはも当然論ぜねばならない。この問題の根はかなり深い。 

  

 政治的スタンスとしては真逆に位置すると考えられる両者が、むしろ親近性を示していると考えられる*のは、加藤のデビュー作『アメリカの影』が圧倒的な江藤の影響下にあっただけではなく、両者とも何者かによって導かれたかのように、戦後問題、憲法問題へと足を踏み入れていったからであろう。 

  

*社会学者の上野千鶴子は江藤に関する講演の中で、江藤をして「戦後批評の正嫡」としているが、「ポスト江藤淳」として加藤の名を挙げている(上野千鶴子「講演 戦後批評の正嫡」/『新潮』2019年9月号・p.189) 

  

 それは、恐らく両者とも言葉、あるいは言葉と現実の異和に対して尋常ならざる鋭敏な感覚があったからであろう。 

  

  

【加藤典洋の敗戦、戦後に関わる論著】   

① 『アメリカの影』(河出書房新社 1985年、講談社学術文庫 1995年、講談社文芸文庫 2009年 ) 

②(竹田青嗣との往復書簡)『世紀末のランニングパス 1991-92』(講談社 1992年、のち『二つの戦後から』ちくま文庫 1998年)  ) 

③ 『敗戦後論』(講談社 1997年、ちくま文庫 2005年、ちくま学芸文庫 2015年  ) 

④ 『戦後を戦後以後、考える―ノン・モラルからの出発とは何か』 (岩波ブックレ ッ ト 1998年) 

⑤ 『可能性としての戦後以後』(岩波書店 1999年) 

⑥ 『日本の無思想』(平凡社新書 1999年、平凡社ライブラリー(増補改訂版   2015年)) 

⑦ 『戦後的思考』(講談社 1999年) 

(橋爪大三郎・竹田青嗣との鼎談)『天皇の戦争責任』(径書房 2000年)   

⑨ 『日本人の自画像』(岩波書店 2000年)   

(鶴見俊輔・黒川創との鼎談など)『日米交換船』(2006年・新潮社) 

『さようなら、ゴジラたち―戦後から遠く離れて』(岩波書店 2010年)   

『ふたつの講演 戦後思想の射程について』(岩波書店 2013年)   

⑬ 『戦後入門』(ちくま新書 2015年)   

『敗者の想像力』 (集英社新書・2017年) 

『もうすぐやってくる尊皇攘夷思想のために』(幻戯書房・2017年) 

⑯『対談 ──戦後・文学・現在』 (而立書房・2017年)   

『どんなことが起こってもこれだけは本当だ、ということ。――幕末・戦後・現在』(岩波ブックレット・2018年) 

『9条入門』(創元社・2019年) 

『9条の戦後史』(ちくま新書・2021年予定)  

  

📝今後の問題 

 本文中に挙げたように、本稿は以下の続稿に接続する。今後に期する。 

①「加藤典洋と「戦後」――『敗戦後論』、『戦後的思考』を中心に」……これは、言うなれば空想的書物『加藤典洋全戦後論集』の解題となるものだ 

②「憲法9条を巡る文学的想像力について――江藤・柄谷・加藤、3人の批評家」……論点は本文で述べた 

「江藤淳と加藤典洋――戦後批評の接続の問題」……先入観と異なり、内的な相似性を示している両者についてしっかりと論じたものはない。かろうじて『三田文學』の2020年冬号(2020年2月)が「特集 江藤淳・加藤典洋――日本近代の行方」なる小特集を組んで3本の論考(山内洋・仲俣暁生・田中和生)を掲載しているのみか。 

 

 

 

 

🖊4974字(四百字原稿用紙換算13枚) 

 

 

🦉 

20210401 1731 

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